実写版『秒速5センチメートル』の音楽を担当した江﨑文武さんに、制作にかけた想いや、ご自身のこれまでとこれからについて伺いました。また、ぷりんと楽譜で配信中の公式スコア『Memories of Long Ago / In Your Light』『Ours』『Split Ways』に込めたメッセージもいただきました。
インタビュー
映画『秒速5センチメートル』の音楽を担当された経緯、制作のコンセプトなどを教えていただけますでしょうか?
奥山由之監督とは、共通の友人も多かったのですが、実際お会いしたのはこの映画の仕事が初めてでした。原作がピアノをすごく大事にしている作品なので、僕の音楽がこの作品に合うと監督が思ってくださったのだと思います。僕たちは30代に入ったばかりで、10代の淡い時間の記憶が薄れ、人生のフェーズが一つ変わっていくなかで、「自分たちが思い出せるノスタルジーのようなものを、すべて、この作品に置いていくつもりで制作したい」という監督の想いに共感し、そこをゴールとしてスタートした感じです。
ドラマや映画の音楽制作は、多くの場合、完成した映像に合わせて曲を作るのですが、今回は音楽を先に作っていこうという話になりました。脚本を読み込んだうえで、自分なりの解釈でイメージ楽曲を多く制作し、それを監督が撮った映像にはめていくという手順です。そこでは、たとえば種子島の高校の教室の雰囲気をイメージして書いた曲が、プラネタリウムのシーンに使われていたりして、「こんなふうにも聴こえるのか」という発見もあって面白かったですね。具体的に「サーフィンのシーンの曲が足りない」というようなことがあればあたらしく書き下ろしもしましたが、ほぼ楽曲先行でした。
ストーリーへの没入を邪魔せず、その世界観を作りだす音楽に感銘を受けました。
自分の想像していた風景と監督の描き出す絵が、ここまでピタリと一致する感覚はこれまでにないものでした。人と人との距離の近さのようなものが重要な作品なので、リッチな場所でリッチな音で録るより、ぬくもりを感じられる音像で音楽を作りたいと思い、自宅で、アップライトピアノで録音しました。映像と音楽が組み合わさったとき、さもそこに、元からあったような雰囲気になったと、自分でも思いましたね。
もともと音楽に触れたきっかけは?
普通のサラリーマン家庭でしたが、いつも音楽が鳴っているような家でした。ヤマハ音楽教室に通っていたのですが、クラシックのピアノの練習が苦手で、「バッハはいつも同じ感じで終わるからつまらない」と言って変えたりして怒られていましたね(笑)。友達がサッカーをしているときに練習するのが嫌で泣いているのに、弾けるようになった途端、レッスンではすごく張り切っているような(笑)、そんな子どもでした。でも、レッスンの前にエレクトーンでいろいろなジャンルの曲を弾かせてくれた先生や、作曲の勉強などをすすめてくれた先生がいて、幅を広げてくださったと思います。小学6年でジャズと出会ってからは本当に楽しくて、ビル・エヴァンスに憧れ、ジュニアオーケストラの仲間とジャズピアノトリオを組んで、大学1年まで毎年地元のフェスに出ていました。
最初から東京藝術大学を目指していたわけではなかったのですか?
全然そんなつもりはなく、(ソニー創業者の)井深大さん、盛田昭夫さんや、大賀典雄さんのような人に憧れていたんです。音楽をやりながら工学の世界に進む道もあることにすごく感動して、普通に就職するつもりで勉強していました。でも、授業中もずっとジャズのアドリブなどを考えていたら成績が低下してしまって……。そんなころ、ジャズトリオの仲間が藝大やバークリー音楽大学に進み、自分も藝大なら受験できるかもしれないと思って、進路を変更しました。
ところが、入学したら石若駿や上野耕平みたいな天才がいて、「自分が音楽をやる必要はないな」と思ってしまい、そこからは苦しい時期でしたね。就職を考えてインターンで働いたりもしていました。
それでもやはり音楽の道だったのですね。
早稲田大学のジャズ研究会に入り、今仕事をしている仲間の多くとそこで出会ったんです。WONKのリーダーの荒田洸に誘われてバンド活動を始めたら、2016年に出したアルバムがあれよあれよと売れて、急に生計が立つようになりました。King GnuやVaundy、米津玄師さんなどと仕事をさせてもらっているうちに、だんだん「ポップスの人」みたいになっていった感じですね。
そのほか、楽器の習得ありきの音楽教育に一石を投じるような、幼児を対象にした研究もされていたそうですね。
僕はいわゆる伝統的な音楽教育を受けてきた側の人間だと思うのですが、楽譜が読めなくてもいいし、楽器が弾けなくてもいいと思っているんです。音楽を仕事にしていて、一番大切なのはそこじゃないと、強く感じます。もちろん、表現を豊かにするためにあるべきものですが、もっと初期の段階では、単純に好きな音・嫌いな音を見つけるとか、自分の好きな音を集めて出すとか、人と共有するとか、そういう原体験みたいなものをベースに据えたほうがいいのではないかと思っています。今は、学校教育で取り入れられているタブレットやスマートフォンで、誰でもいろいろな音を出せるので、そういうことを軸に教育を組み替えられないものかと思い、東京大学大学院で研究していました。
興味深いですね。そのうえで、ピアノの可能性についてはどう思われますか?
友人たちが子連れで家に遊びにきたりすると、そのたびにピアノってなんていい楽器なんだって思うんですよね。子どもが適当に押さえても、なんかいい響きになる楽器ってそう多くないので、「こう押さえたら好きな音がする」というようなことを探す道具としてすごくいいし、ピアノの始め方ってそういう部分からでいいんじゃないかと思います。
あとはすごく実務的な話ですけれど、パソコンで作曲することが主流の今、ドラムやベース、ギター、管楽器の人でも、アレンジをパソコンで組むときは鍵盤を弾きます。そういう意味では、入り口において最も選ぶべき楽器だとは思いますね。
最後に、ご自身の今後の目標についてお聞かせください。
海外の音楽リスナーの方々に、もっと自分の作品が届くといいな、と思っています。もともと自分の音楽は大衆を沸かせるような音楽ではないですが、内向きでインストゥルメンタルで、アンビエントな方向の音楽リスナーさんは世界中にいると思っていて、非言語・非文化の部分で、「なんかいいよね」と思える共同体がこの地球上にあることを感じています。「自分の音楽を聴いてくれ」ということではなく、同じ感覚をもっている作り手や聴き手の人たちと、もっと繋がっていきたいですね。
公式楽譜
ぷりんと楽譜では、江﨑さんが監修した劇中曲公式スコアを配信しております。
- Memories of Long Ago /
In Your Light(メドレー) - 作曲:天門 (Memories of Long Ago) / 江﨑文武(In Your Light)
- 演奏スタイルピアノソロ
- 難易度中~上級
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- (In Your Light)
見えなくとも、いつもそばであなたを照らしてくれている存在があります。
それは人かもしれないし、風や光、あるいは記憶そのものかもしれません。
その穏やかなぬくもりに心を預けて、光の粒が指先からこぼれていくように奏でられたら。
音のひとつひとつが「あなたはひとりではない」という静かな祈りになりますように。 - 楽譜詳細へ
- Ours
- 作曲:江﨑文武
- 演奏スタイルピアノソロ
- 難易度中~上級
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- いまはもう会うことのない、けれど確かに心の奥で生き続けている誰か。
胸の内にそっとしまってきた、あたたかな面影をそっと撫でるように。
遠い日の風の匂いや、夕暮れの色を思い出しながら、
音のひとつひとつを「大切な記憶」そのものとして奏でられたら。 - 楽譜詳細へ
- Split Ways
- 作曲:江﨑文武
- 演奏スタイルピアノソロ
- 難易度中~上級
-
- 別れはいつも、静かに世界の色を変えていきます。
その痛みと同時に、手を離す瞬間の光のような美しさが宿ります。
過ぎゆく時間の儚さに身を委ねながら、
もう二度と同じ形では訪れない瞬間のきらめきを掬い取るように。
音が消えていくその余韻のなかに、「さよなら」のやさしさを感じてみてください。 - 楽譜詳細へ
サウンドトラック
- 劇場用実写映画「秒速5センチメートル」オリジナル・サウンドトラック

- 2025.10.08
- VICL-66090
- 誰もがこころの中に持っている、子どもの頃の記憶や淡い感情。やがて大人になり、淡々と過ぎる日常。胸の奥深くにしまってある二人だけの約束を想いながら…
江﨑文武がこころの機微を音楽で紡ぎ、美しくも繊細で儚い世界観を表現した一枚。 - 江﨑文武 | 劇場用実写映画「秒速5センチメートル」オリジナル・サウンドトラック | ビクターエンタテインメント
プロフィール
- 江﨑文武 Ayatake Ezaki

- 音楽家。1992年、福岡県生まれ。東京藝術大学音楽学部卒業後、東京大学大学院修士課程修了。映画『秒速5センチメートル(実写版)』『#真相をお話しします』、テレビ朝日ドラマ『黄金の刻〜服部金太郎物語〜』などの劇伴音楽、カルティエ・アニメーション作品『LA PANTHÈRE DE CARTIER』主題歌を手がけるほか、WONK のキーボーディストとしても活動。King Gnu、Vaundy、米津玄師らの作品にレコーディングで参加する。現在、NHK FM「江﨑文武の Borderless Music Dig」のパーソナリティを担当しながら、文學界「音のとびらを開けて」、西日本新聞「音聞」にて連載を執筆中。
- 江﨑文武 Official Website









