映画「砂の器」

映画「砂の器」 映画「砂の器」
迷官入りと思われた殺人事件を捜査する二人の刑事の執念と、暗い過去を背負うがために殺人を犯してしまう天才音楽家の宿命を描く。

ある日、国鉄蒲田操車場構内で扼殺死体が発見された。被害者の身許が分らず、捜査は難航した。が、事件を担当した今西、吉村の両刑事の執念の捜査がやがて、ひとりの著名な音楽家・和賀英良を浮かび上がらせる……。


松本清張原作の映画の中でも、特に傑作として高く評価されてきた映画『砂の器』は1974年製作。

作曲・菅野光亮による『砂の器「宿命」』をお楽しみください。
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映画『砂の器』メインテーマ「宿命」 映画『砂の器』メインテーマ「宿命」

映画『砂の器』メインテーマ「宿命」

この曲は劇中随所に流れるメインテーマであり、主役の作曲家のピアニストが演奏するピアノ協奏曲です。Part1、Part2ともにオーケストラのフルスコアとピアノパート譜がございます。
「砂の器」のこと  菅野光亮(作曲) 「砂の器」のこと  菅野光亮(作曲)

「砂の器」のこと  菅野光亮(作曲)

それは、長くつらい日々だった。

昨年2月、まだ春の声にはほど遠い静かな午後、突然、この映画の音楽監督をされた芥川也寸志氏より
電話があって「砂の器」の作曲についてのお話をうかがった。
何分、松本清張氏の作品については、全くうとい私であったし、
宣伝映画、記録映画などのBGM程度の作曲をしたことしかなかったこともあって、お引き受けしたのは
よいけれども、何からどんな風に手をつけて行ったらよいのか、皆目見当もつかなかった。
そこでとりあえず、暮れなずむ道を近所の書店に足を運んで、同氏の作品を買い求め、夜を徹して
読破したが、主人公が電子音楽の作曲者であるという想定のもとに展開しているストーリーは、
その持つ人間関係の複雑さにおいて、まず私の筆を一層惑わせる大きな壁を、
さらにひとつふやしてくれるのみであった。

その後何日かしてシナリオを橋本忍氏から受けとり、原作と異なって、
主人公がセミ・クラシックの作曲家兼ピアニストであることを知った。
このことは、映画の持つ大衆性ということから必然的に、
橋本忍氏・山田洋次氏並びに芥川也寸志氏のアイデアによって導き出された、
映画「砂の器」の、新しい可能性をそなえた柱であり、
且つ迷っていた私に対する、手がかりのヒントでもあった。
即ち、発想の展開のきっかけを得られぬまま足ぶみをしつづけていた私の頭の中に、
あたかも一条の光が流れこんで来たかのように、
あの映画の中の四つのの主題が、忽然として浮かび上がってきて、
それらはその時から二ヶ月の間、片時も私の中で渦巻きを止めることなく、
寝ても覚めても私をその中にとりこにしてやまなかったのである。

一つの主題を書き終えて、ふとペンを置いて傍らのグラスに手をのばそうとすると、
またまた同じイマジネーションの連続が私を引きもどして、時の経つのも忘れて、
私は、この終りのない曲想の森の中に、彷徨しつづけざるを得なかったのである。
網の目のように、はてしなく、からみ合い、つながり合った人間の宿命……
この縦横の糸は、一ケ所がほつれたらば、
それはその場所からどのようなひろがりをもってさけて行くことであろう。
これこそお互い同士、否、自分自身すら見失って生きているかの如き現代社会の中の吾々の持つ
決定的な盲点につきつけた、鋭利な問いのメスと伝えるのではなかろうか。

私は、まことに僭越な云い方ではあるが、現代に見失われていたロマンを、
この映画をとおして音の世界に探り当ててみようと、考えぬいたのである。

こうして四つの主題は、五月下旬にやっと脱稿した。
六月中旬より八月いっぱいまで、三管編成のオーケストラと、
自分で弾かなければならない“ピアノと管弦楽の為の組曲”のオーケストレーションに、
芥川氏のアドバイスを受けつつ、暑い苦しい毎日を送った。
作曲家並びに演奏家は、自分が音を出したその瞬間に、自分の出した音によって、
予想もしなく背かれることがままある。それは、自分の子供にかみつかれるのに似ている。
これは、音楽家にとって一ばんこわいことである。
如何に著名な音楽家であっても、これは常に頭を去ることのないおそれであるにちがいない。
これもまた、自分の職業に於ける最大の「宿命」のひとつだと私は考える。
そのことがないように如何に音楽家は、日々苦しむことであろうか……。


さて、今回の「砂の器」音楽完全収録版LPの構成について、少しふれて見たいと思う。

まず、A面の最初は、映画でいう後半の親子の運命の旅立ちに始まり、
つづいて中程に、蒲田操車場殺人現場の音楽、あのやりきれない音から、
迷宮入りしていた前者の事件の捜査再開の音楽へと移って行き、
その先に、主人公和賀英良の愛人の流産、そして死へと移り、
映画の中で時がさかのぼって十年昔の、主人公の親子の別れの音楽へとつながる。
A面最後は、列車の窓から紙吹雪を流す女、りえ子のシーンの音楽になる。

B面は主人公が自分をひきとって育てようとする実直な田舎巡査のの家を
走り出して行ってしまうシーンの音楽に始まり、風景の美しい瀬戸内海にのぞむ光風園の場面の音楽から、
一拠に演奏会場、ラストシーンへと進行して、ピアノ・コンチェルト全曲を含めて、
エンドマークまでの一さいを収録している。
エピローグ〝人間は独りで生まれることはできない。独りで生きてゆくこともできない〟


最後に、松竹株式会社、橋本プロ、
中央音楽出版ポリドールレコードのご協力をいただいたことを、厚く感謝する次第である。

1975年2月
(作曲者)

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